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色鮮やかな野菜料理や穀物、 豆類を使ったメニューは、 健康・環境・美味しさを同時に満たす選択肢。
(料理レシピ・料理製作・写真撮影 : 筆者)
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〜フレキシタリアンの潮流〜
第 1 回では、 欧州と日本におけるベジタリアン文化を取り上げ、 異なる食文化の比較を通して、 ベジタリアンがどのように社会に受け入れられてきたのかを、 近年注目されるフレキシタリアンという新たな潮流とともにお伝えします。
菜食をめぐる価値観はいま、 大きく変わっている
欧州と日本におけるベジタリアン・ヴィーガン文化は、 この 10 年ほどで大きな変化を遂げてきました。 かつては理解されにくい少数派の選択と見なされていた菜食が、 現在では食の多様性を象徴する存在となり、 「当たり前」 とされてきた価値観そのものを塗り替えつつあります。 その背景には、 環境問題への意識の高まりや健康志向の浸透、 さらにはフードテック (* 1) をはじめとするテクノロジーの進化があります。 しかし、 こうした変化は決して一時的な流行ではなく、 長い歴史の積み重ねの上に現れたものです。
欧州に根づく菜食の思想とその歩み
欧州における菜食の思想は、 古代ギリシャ時代にまでさかのぼります。 哲学者ピタゴラスは、 魂の浄化や倫理的理由から肉食を避けた人物として知られ、 菜食は精神性の高い生き方として語られてきました。 中世欧州では、 キリスト教修道院における断食や肉食制限が信仰実践の一部となり、 節制は徳とされました。 また、 一般庶民の食生活も、 穀物や豆、 野菜が中心で、 肉は祝祭的な食材でした。
近代に入ると、 産業革命による都市化と社会不安の中で、 健康改革運動や動物愛護思想と結びついた菜食主義が広がります。 19 世紀のイギリスでは、 1847 年に世界初のベジタリアン協会が設立され、 菜食は個人の倫理的選択として社会に認識されるようになりました。 21 世紀の欧州において、 プラントベース食は健康や倫理の観点にとどまらず、 環境負荷の低減や持続可能な社会づくりという視点が加わったことで、 『社会全体にとって合理的な選択』 と見なされ、 制度やビジネスの仕組みに取り入れられています。
「やめる」 より 「減らす」 フレキシタリアンという選択
ベジタリアンやヴィーガンという言葉が、 特別な思想用語ではなく、 日常会話の中で語られるようになった現在、 食のあり方は明らかに新しい局面を迎えています。 さらに近年では、 基本的に植物性食品を中心に食べつつ、 時々肉や魚も食べるという、 柔軟な菜食主義の 「フレキシタリアン」 という選択が広く浸透し始めています。 欧州と日本における菜食の広がりを考えるとき、 このフレキシタリアンの存在は、 もはや周辺的なものではなく、 食文化全体を変える大きな潮流として無視できないものとなっています。

写真2:
動物性食品を用いない代替料理としての可能性を示す、 ナッツ類を主素材としたローヴィーガンハンバーグ。
(料理レシピ・料理製作・写真撮影 : 筆者)
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欧州全体を見渡すと、 ベジタリアンおよびヴィーガンの割合は国によって差があるものの、 おおむね人口の5 〜 10 %前後と推計されています。 しかし、 ここにフレキシタリアンを含めると、 その割合は一気に膨らみ、 国によっては人口の 30 〜 50 %が 「肉を減らすことを意識している層」 に該当するとされています。 これは、 菜食が少数派の思想ではなく、 社会の中で連続的なグラデーションとして存在していることを意味しています。
国ごとに異なる欧州の広がり方 (イギリス・ドイツ・フランス)
イギリスでは、 英国世論調査会社 YouGov および The Vegan Society が 2019 年から 2024 年にかけて実施した複数年の全国調査によれば、 イギリスではベジタリアンが約 7 〜 10 %、 ヴィーガンが 2 〜 3 %とされる一方で、 フレキシタリアンは人口の 40 %前後に達するとする調査もあります。 かつて日曜のローストビーフが家庭の象徴であったこの国では、 いまや 「毎日は食べない」 「植物性の日を設ける」 という考え方がごく自然に受け入れられています。
こうした意識の広がりを象徴する取り組みの一つが、 元ビートルズのポール・マッカートニーが 2009 年に提唱した 「ミートフリー・マンデー(Meat Free Monday)」 です。 週に一日、 肉を食べない日を設けるというこの呼びかけは、 環境負荷の軽減や健康への配慮を目的とし、 学校や自治体、 企業の食堂などにも広がっていきました。
現在では、学校給食や社員食堂でのミートフリーデーの導入は、特別な思想に基づくものというよりも、健康や環境への配慮として理解されています。イギリスにおいてベジタリアンは、主義や主張ではなく、現実的な生活の知恵として根付いてきているのです。
ドイツでも同様の傾向が見られます。 ドイツ連邦食糧・農業省 (BMEL) および民間調査機関 Forsa が 2020年以降に実施した全国調査によれば、 ドイツではベジタリアンが約 8 〜 10 %、 ヴィーガンが 2 %前後とされ、 フレキシタリアンは 50 %に達すると言われています。 環境問題への関心が高いドイツでは、 「完全にやめる」 よりも 「減らす」 ことが社会的合意として共有されています。 スーパーには植物性代替食品が豊富に並び、 伝統的な肉料理文化を否定することなく、 選択肢を増やす形で変化が進んでいます。 この柔軟さが、 多くの人を菜食の方向へと自然に導いている要因の一つと言えるでしょう。
フランスでは、 フランスの世論調査会社 IFOP および環境・エネルギー管理庁 (ADEME) が 2018 年以降に実施した全国調査によれば、 ベジタリアンが約 3 〜 5 %、 ヴィーガンが 1 〜 2 %と比較的少数である一方、 フレキシタリアンは 30 〜 40 %にのぼると推計されています。
美食の国フランスでは、 食の質が何よりも重視されるため、 「肉を食べないこと」 そのものよりも、 「より良い食材を、 より少なく食べる」 という発想が支持されています。 肉を減らすことが、 我慢や制限ではなく、 洗練された選択として語られるようになった点は、 フランスの大きな変化です。

写真3:
パリの朝市。 菜食文化を支えるのは、 身近にある豊富な植物性食材と市場の存在。
(写真撮影 : 筆者)
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美食の国フランスが迎えた転換点
欧州の中でも、 フランスの変化は象徴的です。 フランスでは、 食事は単なる栄養摂取ではなく、 文化そのものとして位置づけられてきました。 バターやクリーム、 肉や魚の出汁を基盤とする伝統的なフランス料理の世界において、 2000 年代初頭まで 「肉を食べない」 という選択は非常に特殊なものと受け止められていました。 レストランでベジタリアンであることを伝えても、 十分な代替料理が用意されないことが多く、 ヴィーガンに対しては過激な思想と見なされることさえありました。 しかし、 2010 年代後半から状況は大きく変わり始めます。
2021 年、 南仏のヴィーガンレストラン 「ONA (オナ)」 が、 フランスのヴィーガンレストランとして初めてミシュラン一つ星を獲得しました。 この出来事は、 ベジタリアンがフランス美食の世界で正当に評価される段階に入ったことを象徴しています。 現在では、 毎日肉を食べるのではなく、 週に数日は植物性の食事を選ぶ「フレキシタリアン」 が広く受け入れられています。 また、 2018 年に制定されたエガリム法 (* 2) により、公立学校の給食では週に一度のベジタリアンメニュー提供が義務化され、 スーパーマーケットには植物性パティやソーセージが当たり前のように並んでいます。 フランスにおけるベジタリアンの特徴は、 制限や我慢としてではなく、 新しい美食のジャンルとして再定義された点にあります。 野菜の持つ可能性を最大限に引き出す調理技術が、 ヴィーガン料理を芸術的な領域へと押し上げているのです。
日本に息づく菜食の記憶と現代のかたち
日本に目を向けると、 ベジタリアン人口は約 2 〜 5 %、 ヴィーガンは 1 %未満と推計され、 数値だけを見ると欧州諸国よりかなり少なく感じられます。 しかし、 健康や体調管理のために肉を控える人、 週に数回は植物性中心の食事を選ぶ人を含めると、 日本でも 20 〜 30 %程度がフレキシタリアン的な食生活を送っていると考えられます。
この背景には、 日本独自の食文化があります。 古くから日本には、 仏教思想に基づく精進料理という確立された菜食文化が存在していました。 奈良時代から江戸時代にかけて、 肉食は原則として忌避され、 魚介類と植物性食品を中心とした食生活が一般的でした。 現代の基準から見れば、 日本人は長い間、 極めて植物性中心、 すなわちフレキシタリアン的な食文化の中で暮らしてきたと言えます。

写真4:
ローヴィーガン御膳。 加熱に頼らず素材本来の力を味わう日本的菜食の一例。
(料理レシピ・料理製作・写真撮影 : 筆者)
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その後、 明治以降の肉食解禁や戦後の高度経済成長を経て、 日本人の食生活は急速に動物性食品中心へと移行しましたが、 それでも日本の家庭料理には、 野菜、 豆、 海藻、 穀物を中心とした献立が今なお多く残っています。 完全な菜食主義を掲げなくとも、 結果として肉の摂取量が欧米より少ない人が多いのは、 その名残とも言えるでしょう。
日本で進む環境整備と制度の変化
近年の日本におけるフレキシタリアン的な広がりを語るうえで、 見逃せない取り組みの一つが 「ミートフリーマンデー・オールジャパン」 です。 これは、 イギリスでポール・マッカートニーが提唱した 「ミートフリー・マンデー」 の理念に共鳴し、 日本の食文化や社会状況に合わせて展開されてきた活動です。
「週に一度、 肉を食べない日を設ける」 というシンプルな提案は、 日本人にとって決して突飛なものではありません。 もともと家庭料理には、 肉や魚を使わない日常的な献立が数多く存在しており、 無意識のうちにミートフリーを実践してきた背景があるからです。
ミートフリーマンデー・オールジャパンの特徴は、 「我慢」 や 「制限」 を前面に出さず、 環境・健康・食料問題といった社会的課題を、 日常の食卓からやさしく考えるきっかけとして提示している点にあります。 完全な菜食主義を求めるのではなく、 「できる人が、 できる形で」 参加するという姿勢は、 日本におけるベジタリアンの広がり方と深く重なっています。 そのような活動が評価され、 ミートフリーマンデー・オールジャパン
は、 2025 年 6月に 「第 10 回 日本ベジタリアンアワード大賞」 を受賞しました。 このような取り組みは、 学校や企業、 自治体レベルでの食の見直しとも親和性が高く、 実際に社員食堂やイベント、 啓発活動などを通じて、 少しずつ社会に浸透してきました。
近年では、 健康志向の高まりや生活習慣病への懸念、 環境問題への関心、 訪日外国人の増加などを背景に、日本でも植物性食品の選択肢が着実に増えています。 欧州のように明確なアイデンティティとしての 「ベジタリアン」 「ヴィーガン」 を名乗る人はまだ少ないものの、 実践としてのフレキシタリアンは、 確実に広がっています。
その一方で、 長らく日本では、 ベジタリアンは宗教的理由によるもの、 あるいは極端な健康志向の一形態と見なされることが多く、 外食産業の対応は十分とは言えませんでした。 特にカツオ出汁など魚介由来の出汁の存在は大きな障壁となり、 見た目は野菜料理であっても、 厳密な菜食主義者が安心して食べられる料理は限られていました。
こうした状況が大きく変わったのが、 東京オリンピックを見据えた時期です。 実際の開催は 2021 年でしたが、 訪日外国人観光客への対応を進める中で、 レストランやコンビニエンスストアが一斉にヴィーガン対応を始めました。
それに伴い、 現在、 筆者が副代表を務める認定 NPO 法人 日本ベジタリアン協会 (以下 日本ベジタリアン協会) は、 農林水産省に対し、 日本農林規格 (JAS) の制定を申し出ました。 その結果、 日本農林規格調査会における審議を経て、 2022 年 9月6日、 「ベジタリアン・ヴィーガン JAS」 が農林水産大臣により制定されました。 このベジタリアン・ヴィーガン JAS は、 利害関係のない第三者による公正かつ公平な審査が行われる国の公的な認証制度であり、 2021 年に制定されたベジタリアン・ヴィーガン食品の国際規格である ISO23662に準拠しています。
これにより、 一般にアンケートを主な判定基準とする民間認証と比較して、 より高い客観性と信頼性が確保され、 国内外のベジタリアン・ヴィーガンの人々が安心して日本の 「食」 を楽しめる環境整備に貢献しています。
また、 日本ベジタリアン協会は本規格の策定においてプロジェクトリーダーを務めるとともに、 2023 年 1月には農林水産省より 「ベジタリアン・ヴィーガン JAS 登録認証機関 第 1 号」 に認定されました。
大豆文化とプラントベースの可能性
近年では、 日本が本来持っている大豆文化が改めて注目され、 豆腐や味噌、 納豆といった伝統的食材を活かしたソイミートの技術が大きく進化しています。 ファーストフードやカフェの大手チェーンが、 ベジタリアンやヴィーガン対応メニューを定番商品として展開していることも、 その変化を象徴しています。 2024 年から 2025 年にかけては、 「代替肉」 という表現を超えて、 「プラントベース」 という考え方が定着しつつあり、 特に若い世代を中心に、 環境や健康への配慮から植物性の食事を選ぶスタイルが広がっています。 また、 食にとどまらず、 動物性素材を使用しないファッションやコスメといったアニマルフリーの価値観が、 ライフスタイル全体へと広がっている点も見逃せません。

写真5:
幅広い料理に活用できる大豆などの豆類は、 満足感のある菜食を可能にします。
(発芽豆栽培・写真撮影 : 筆者)
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これからの主流となる 「ゆるやかな菜食」
こうして欧州諸国と日本の動きを比較すると、 両国に共通しているのは、 ベジタリアンが気候変動対策の一環として受け入れられている点です。 畜産業がもたらす環境負荷への懸念は、 もはや一部の人々だけの問題意識ではなく、 2025 年現在、 国際的な共通認識となっています。
まもなく 2026 年、 ベジタリアン・ヴィーガンの世界は、 さらに新たな段階に入りつつあります。 フードテックが実用化され始め、 選択肢は大きく広がり、 都市部だけでなく、 欧州諸国の地方都市や日本の道の駅でも、 ヴィーガンマーク付きのメニューを目にする機会が増えてきました。 そして現在は、 「完璧なヴィーガン」 を目指すことよりも、 一人ひとりが自分のペースで植物性食品を取り入れるフレキシタリアンや 「ゆるベジ」 といったスタイルが、 社会の主流として市場を支えています。
食の多様性を認めることは、 他者の価値観を尊重することでもあります。 2025 年から 2026 年へ、 まもなく新年を迎える私たちは、 新しい食文化が成熟へと向かう、 その過程の中に生きているのです。
* 1 フードテック:
食品の生産・加工・流通・消費にテクノロジーを活用する分野。 代替肉、 培養肉、 食品ロス削減技術などを含む。
* 2 エガリム法 (EGAlim 法):
フランスにおいて 2018 年に制定された食品・農業改革法。 公立学校給食でのベジタリアンメニュー提供義務化などを定めている。
参考文献・出典
- 垣本充監修・いけやれいこ他共著
『まるごと解説 ベジタリアン・ヴィーガンの世界』福音社
- European Commission
Special Eurobarometer: Attitudes of Europeans towards animal welfare
- The Vegan Society(英国)
https://www.vegansociety.com
- YouGov(英国世論調査)
https://yougov.co.uk
- IFOP(フランス世論調査)
https://www.ifop.com
- ADEME(フランス環境・エネルギー管理庁)
https://www.ademe.fr
- フランス農業・食料主権省
https://agriculture.gouv.fr
- 農林水産省(日本)
https://www.maff.go.jp
- 認定NPO法人日本ベジタリアン協会
https://www.jpvs.org
- ISO 23662:2021(ベジタリアン・ヴィーガン食品の国際規格)
※本記事は、各国政府機関・国際機関・学術資料・信頼性の高い世論調査に基づいて構成しています。