朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
英語の侵略 2023.10エッセイ・リストbacknext

Ricard
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 invasion「侵略」があちこちでわたしたちを不安に陥れているが、それは軍事的なものには限らない。てはじめに、あるウェブサイトで見かけた宣伝文を読んでほしい。
 「空港メディアは旅行者にタイムリーな情報を提供しようと、特別なオファーやキャンペーンの宣伝、観光スポットやイベントの案内など、旅行者に有益な情報を発信しています」
 文章の質はともかく、カタカナ英語の連発が目をひく。日本語の文章なのに、英語、ないしは英語起源の「新語」に侵略されているのだ。しかも、わたしたちはこの種の現象になれっこになっていて、いちいち日本語に置き換えることをしないまま、日常の用を足している。
 フランスの場合はどうなのだろうか。
 本題に入る前に、フランス語を論じるために不可欠な三つの大前提を確認しておこう。
 一つ目はOrdonnance de Villers-Cotterêts「ヴィレル=コトレの勅令」。これは1539年、時のフランス国王François Ierがパリ北西にあるヴィレル・コトレの城で発布した法令で、行政・司法関連の文書の作成にあたってはラテン語ではなく、フランス語を用いるべきことを命じたもの。フランス語が公用語であることを定めた歴史的な出発点とされる。
 二つ目はAcadémie françaiseの存在。これは1635年、Richelieuの肝いりで創設された組織だが、当初の使命は辞書と文法の作成であり、rendre [la langue française]pure, éloquente et capable de traiter les arts et les sciences「フランス語を純粋かつ雄弁であり、文芸・学術を論じ得るものにする」ところにあった。この使命は今日にも引き継がれているとみるべきだろう。
 三つ目は、Constitution de la Ve République française「第五共和国憲法」第2条の規定。制定後40年近くたった1995年に改正された結果、emblème national「国家の象徴」(三色旗)やhymne national「国歌」(マルセイエーズ)よりも先に、La langue de la République est le français.「共和国の言語はフランス語である」という条文がはいった。日本に生まれた以上、日本語が国語であるのは当然だと考えているわたしたちからすれば、あっけらかんと見とれるしかないが、裏を返せば、ことさら憲法の条文に加えなければならないほど、フランス人にとってフランス語の地位が揺らいでいることの証拠にもなる。
 さて、以上を踏まえたうえで、フランスの現状を見てみよう。驚くべきことに、このほど、つぎのような見出しの記事がフィガロ紙(9月30日付)に載ったのだった。
 « Du bon milk from chez nous », « born to be mélangé », « start-up nation » : pourquoi l’invasion du franglais dans notre quotidien inquiète
 「自家製のおいしい牛乳」「混ぜられるべくして生まれた」(後出)「起動国家」(小国イスラエルの奇跡的経済発展の歴史):日常生活に侵入したフラングレがなぜ不安を与えるのか」
 「フラングレ」は「英語起源の新語・語法の過度の導入を特徴とするフランス語の使用・状態」(プチ・ラルース辞典)と定義されるが、要するにweek-end, drugstoreなど、日本語のカタカナ英語に相当する。それが今や日常会話や広告のなかで急増しているというのだ。
 そもそも書き出しの一文からして読者の度肝を抜く。
 « Don’t oublie ton little plaisir dans ta crazy journée » Vous n’avez pas tout saisi ?
 カッコの中は、文字通り、英語と仏語のカクテルになっているではないか!「意味がそっくり分かりましたか?」と筆者が続けるのも無理はない。種明かしはすぐに示される。
 C’est le slogan amphigourique de la nouvelle gamme de boissons au café de la marque Candia, alliée à Columbus Café. Deux entreprises françaises qui se targuent d’utiliser du « bon milk from chez nous », flanqué d’un drapeau tricolor. Pour ceux qui préfèrent le pastis、 il y a Ricard, « born to be mélangé », « sous le sun », à Marseille.
 「これは、コロンブス・コーヒーと提携したカンディア喫茶店の新しい飲み物の支離滅裂なキャッチフレーズなのだ。これらフランス企業両社は三色旗を掲げつつ 自慢げに« 自家製のおいしいミルク »と名乗った。食前酒のパスティスの方が好きな向きには、マルセーユの « サンを浴び » « 混ぜられるべく(水・氷で割られるべく生まれた) リカールがある」
 来年のパリ五輪大会、2017年に招致の際のスローガンは « Made for sharing »だった。さすがに今は « Ouvrons Grand Les Jeux »「大会の門を大きく開こう」に改められた。しかし、マルセーユに近い観光地Le Grau-du-Roiの町当局が « Let’s Grau »というキャッチフレーズを打ち出した時、Conseil d’Etat「コンセイユ・デタ;最高の行政・立法裁判所」も容認するしかなかった。

Le Grau-du-Roi
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 アカデミー・フランセーズは黙っていられなくなった。
 L’Académie française, qui déplore en particulier son* essor dans la communication institutionnelle, pointe un risque de fracture sociale et générationnelle.(*son =du franglais)
 「アカデミー・フランセーズはとりわけ行政機関の情報伝達の中でフラングレが急増していることに遺憾の意を示し、このままでは社会の中、世代の間に断絶が生じるおそれがあると指摘する」
 CREDOC(学習・観察リサーチ・センター)が2022年に実施した世論調査によると、英語のコマーシャルに反対するフランス人は2人に1人、英語まじりの広告文の理解に苦しむフランス人は10人中7人、使用書に仏訳がついていない製品は購入しないというフランス人は3人中2人という。
 ただ、英語の侵略がここまで進んだからには、これを否定的に見るだけですむわけがない。記事にはこんな冷静な見方も紹介されている。
 Pour un professionnel français, parler anglais (même mal) c’est être international, analyse le CEP dans son dernier avis, ...,sur la diversité linguistique. L’anglais ou plus exactement ce qui « a l’air d’être anglais » est privilégié pour sa valeur connotative de modernité, d’innovation et d’ouverture au monde. Ainsi pour les marques, s’exprimer avec des anglicismes illustrerait leur caractère actuel et innovant, notamment pour s’adresser aux jeunes »,
 「フランスの職業人にとって、英語を話す(たとえ下手くそでも)ことは国際人になることを意味する」 と、CEP(Conseil de l‘éthique publicitaire「広告倫理評議会」)が最近出した、言語多様化の現状に関する所見は分析している。「英語、厳密にいえば<英語らしきもの>は、現代や革新や開かれた世界に関わる情報伝達力に特に恵まれている。商品の銘柄の場合も同様で、英語的な語法を用いれば、商品の現代的、革新的な特徴が、特に若年層に呼びかけるには、はっきり浮き出るだろう」
 Afrav(Association francophonie avenir「フランス語圏未来協会」はフランス語圏を守りたい一心の団体だが、今や、l’effacement, chaque jour un peu plus net, de la culture française et de sa langue, jadis respectée comme langue de référence de la diplomatie「フランス文化、フランス語が日毎にすこしずつ消えていく、フランス語といえば昔は外交界の基準言語だったのに、それが消えていく」現状を慨嘆するしかないようだ。  


 
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