朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
イスラエルとハマスの軍事衝突 2023.11エッセイ・リストbacknext

反ユダヤ主義反対行進
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 11月17日の朝日新聞の片隅に「イスラエル大使館前、車突っ込む」という小さな記事が載った。経緯は不明というが、時節柄、ガザ地区に非道な攻撃を重ねるイスラエル軍への抗議にちがいない。ただ、逮捕されたのが、右翼団体の男であることに疑問をもった。なんでまた「右翼」が?
 私の頭にはフランスの状況があった。昔からユダヤ人がたくさん住むフランスでは、ガザへの報復が始まると同時に、antisémitisme「反ユダヤ主義」の風潮が高まり、建物の壁に例の「ダビデの星」マークが落書きされるケースが各地で相次いだ。これを受けて、11月12日(日)に上下両院議長の呼びかけで、Marche civile contre l’antisémitisme「反ユダヤ主義反対行進」が行われた。公の発表では、全国で18万余(パリだけで10万5千)が参加した。パリの街頭行進の最前列にはSarkozy, Hollande両元大統領もくわわり、三色旗の襷をかけて共和国の一体性をアピールした。しかし、掲げられたプラカードを見ると、Juïfs attaqués 「ユダヤ人が襲われた」、République en danger 「危機に立つ共和国」、Libérez les otages 「人質を解放せよ」などとあり、イスラエル支持の色彩が濃く出ている。いうまでもなく、フランス共和国にはアラブ系の住民が少なくないから、イスラエル軍の暴虐を糾弾してガザ市民を応援したい気運もまた高まっている。結果として、国論は分裂した格好になる。
 そこで、左翼代表の元大統領選候補Mélenchon(La France insoumise 「不服従のフランス」党首)は行進への不参加を表明した。Macron大統領も参加しなかった。不参加の理由を問われたマクロン大統領は « Mon role est plutôt de bâtir l’unité du pays et d’être ferme sur les valeurs »「わたしの役割は国の一体性を確立し、複数の価値観に立って揺らがぬことです」と答えた。反ユダヤ主義に反対しつつも、それがイスラム教徒の排斥につながることを憚ったのだろう。ユダヤ人ともアラブ人とも共存する、あるいは共存を迫られるフランスでは、今回の中近東の戦争に対しても冷静で理性的な対応が求められる、その窮状は察するに余る。
 さて、上記の右翼の抗議行動にもどる。フランスの状況をベースに考えれば、抗議に駆け付けるべきは「左翼」であって、(事実、別の記事では、中核派が同じ大使館前で抗議の際に逮捕された、とある)、「右翼」としては、パレスチナ常駐代表部に出向き、Hamas「ハマス」のテロ行為を糾弾する方がふさわしかったろう。男は警備の警官を傷つけたことに恐縮して、ブレーキとアクセルを踏み違えたと弁解したそうだが、取り違えたのは、足元ではなくて、行き先だったということだ。
 しかし、中近東問題についての見当違いは、多かれ少なかれ、日本人全体に通有の現象だ。かくいう私自身、下記の記事を読んでいるうちに、己の無知を思い知らされて、愕然としたのだった。
 問題の記事はle Figaro紙(10月21日付)に載った対談で、質問を受けたのはHenri Guaino (1957年生まれ)、サルコジ大統領の特別顧問を務めた元財務官僚。その後、政界入りし、大統領選挙の候補になろうとしたこともあるエセイストである。
 記事の表題は « Dedans et dehors, nous vivons le temps du retour aux instincts animaux »「内外で、われわれ(=西欧諸国)は動物本能に逆戻りの時代を生きている」。
 西欧諸国はウクライナや中近東での戦争を食い止められず、泥沼状態に喘いでいる。この悲劇性を分析したものだが、私が注目したのはイスラエルとハマスの対立の根深さを衝いた箇所だ。
 「宗教にしろ、政治にしろ、非理性的な風潮の高まりとの闘いをわれわれは断念してしまったのでしょうか?」という問いに彼は答える。 Ce qui est irrationnel et dangereux, c’est de ne pas vouloir tenir compte des passions humaines, des sentiments, de ce qui vient parfois de très loin et qui, en nous, détermine nos comportements et nos réactions sans que nous en soyons toujours conscients.

ヒトラーとアミン・エル・フセイニの会談
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 「非理性的で危険なのは、人間の激しい情念、感情を顧慮しようとしないこと、時としてごく遠方からやってきて、わたしたちの行動や反応を決めているのに、自ら必ずしも意識しているわけではない、それを顧慮しようとしないことです」
 われわれは動物なみにその場その場の激情に突き動かされるままに生きていて、その経過を振り返る冷静さを欠いている。論者はそれを指摘した上で、イスラエル対ハマスの問題に言及する。
 Ce qui se passe en Israël, après l’attaque du Hamas, qui n’était ni acte de résistance, ni un crime de guerre, ni même un acte de terrorisme, mais un pogrom inspiré par une volonté d’extermination des Juïfs, fût-ce au prix de l‘extermination du peuple palestinien, devrait faire réfléchir tous ceux qui n’attachent aucune importance à ce genre de chose. Que peut-on comprendre et que peut-on faire si l’on ne pense pas à ce que cette fureur exterminatrice réveille dans la tête d’un Juïf qui renferme dans sa mémoire collective deux mille ans de persécutions et de pogroms couronnés par la solution finale ? Et il ne faut pas beaucoup creuser pour trouver dans le Hamas le lointaine dépositaire de l’alliance conclue dans les années 1930 entre le grand mutfi de Jérusalem et Hitler contre les Juïfs et l’écho de l’intense propagande antisémite qui fut alors déversée sur tout le monde arabo-musulman.
 「ハマスの攻撃、あれはレジスタンス行為でも戦争犯罪でもなく、テロ行為でさえもなく、パレスチナ人殲滅という代償を払ってでもユダヤ人を殲滅したいという意志からくるポグロム(帝政ロシア時代のユダヤ人大虐殺)だったのですが、あの攻撃のあとイスラエルで起こっていること、これについては、この種のことにまったく重きをおいていない人たち全員に考えてもらってしかるべきでしょう。何を理解し、何をなし得るでしょう、もしも次のことに思いを致さないとしたら、すなわち、上のような殲滅欲に燃える激昂が、集団記憶のなかに二千年に及ぶ迫害と最終的解決(ナチスによるホロコースト)に至るポグロムの歴史を抱え込んでいるユダヤ人の各自の頭の中に、何をよみがえらせるでしょうか。他方、深く考えるまでもなく、ハマス側の意識には、1930年代 、エルサレムの大ムフテイ―(アミーン・エル・フセイニー)とヒトラーとの間で結ばれた反ユダヤ協定の遠縁の受託者や当時アラブ=イスラム教世界中に流された反ユダヤ主義の大プロパガンダの反響が認められる有様なのです」
 片やdiaspora(ユダヤ人の世界への分散)の2千年の歴史、片やsionisme(ユダヤ人をパレスチナに移住させようという運動)の1世紀に近い歴史、その対立から生まれた「殲滅」への執念は、論者が指摘するように集団的記憶として両サイドの個々の意識に沁みついている。
 こんな捉え方が私には晴天の霹靂だった。私のように太平洋戦争中に育った者は、「敵を殲滅する」というコトバをさんざん刷り込まれたから、戦後はそれを消すことばかり考えてきた。その呑気な期待をガザの惨状が吹き飛ばした。しかも、両者の「殲滅」願望には歴史の裏付けがある、と知れば、呆然と立ちすくむしかない。論者とともに、世界中の人間が「理性」を取戻すことを願うばかりだ。

追記  200回を超える既往のコラムの一部を選んで、紙媒体の冊子を作りました。題して「ア・プロポ――ふらんす語教師のクロニクル」。Amazon, 楽天ブックス三省堂書店(WEB)などオンラインショップで販売中です。

※技術的な不具合の為公開がおくれてしまいました。お詫びいたします。  


 
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