朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
モディ首相の賭け 2023.09エッセイ・リストbacknext

モディ首相
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 9月9,10日、インドで開かれたsommet du G20について感想を述べたい。サミットとは言っても、早々とPoutin大統領も習近平主席も不参加を決めていたから、肝心のウクライナ戦争についても期待は薄かったといえる。蓋をあけてみて、何が起こったか。簡単におさらいしておこう。
 Les dirigeants des pays membres du G20 se sont entendus sur une déclaration commune dès le premier jour du sommet de New Delhi, en Inde. Mais contrairement à la déclaration adoptée en 2022, celle-ci n'évoque aucunement « l’agression » russe en Ukraine et évite même toute mention directe de l’implication de Moscou dans la guerre.(Le téléjournal)
 「G20の首脳たちはインドのニューデリーのサミット初日早々に共同宣言で合意した。しかし、2022年に採択された宣言とはうらはらに、今回の宣言はウクライナへのロシア<侵攻>には一切触れず、ロシアの戦争への関与に直接言及することを避けた」(カナダの「テレジャーナル」)
 首脳宣言には、そのほか、貿易における公正な競争の確保や、再生可能エネルギーの容量を30年までに3倍にする目標などが入った。しかし全体としては、「グローバル秩序の形成という使命を果たさず、いかに『合意』を得るかを優先したサミットになった」(鈴木一人東大教授)という批判を招いた。わたしも同感で、落ち込んでいたのだが、次のle Figaro紙の記事(9月11日付)を見、開催国の立場を察するにおよんで、すこしばかり見方が変わった。
 Les chefs d'État du G20, pieds nus, rendent hommage à Gandhi
 「G20の国家元首、裸足で、ガンジー記念碑を訪問」
 裸足、ガンジー、どちらも人目を惹くが、それより、記事の焦点がサミット議長の首相に合っていることに注目しなければならない。
 Pour le premier ministre indien Narendra Modi, cette cérémonie revêtait une charge symbolique très forte. Le dirigeant nationaliste hindou, hôte du sommet du G20 qui s'achève ce dimanche en début d'après-midi, a convié le matin ses invités de marque à se recueillir autour du mémorial de Gandhi.
 「インド首相ナレンドラ・モディにとって、この儀式はじつに大きな象徴的意義を帯びていた。今日日曜日午後に終わるG20サミットを主宰するヒンズー愛国主義指導者は、午前中に各国指導者たちがガンディー記念碑を囲んで瞑想するように誘ったのだった」
 周知の通り、ガンディーの誕生日10月2日はインドの国民の休日になっている。植民地から独立国への道を開いた「建国の父」という位置づけだろう。他方、同日が国連総会の決議で「国際非暴力デー」Journée de la non-violenceとなっていることが示すように、ガンディーといえば非暴力、平和の大切さを思わずにはいられない。してみれば、ウクライナ戦争という難局に直面する世界の首脳に対して、モディ首相は秘策を提示したのだった。前述の「合意」の中身、特にその第2項Ils (=Tous les Etats) doivent s’abstenir de toute menace ou de tout recours à la force pour acquérir des territoires ou contre l’intégrité et la souveraineté d’un État.
 「全ての国は、ある国の領土保全と主権に反して、領土を獲得する目的で、いかなる威嚇もいかなる力の行使も控えなければならない」はまさしくガンディー思想の最新版ではあるまいか。
 「マハトマ・ガンディーが荼毘(ダビ)に付された場所に立てられた大理石の石盤の傍らでは不滅の炎が燃えている。聖地であって、靴で汚すわけにはいかない。そこで、20か国首脳の大半は、水溜まりを避けながら、裸足で記念碑に近寄った」
 フィガロ紙によると、Biden大統領やLavrov外相はスリッパや室内履きを使ったようだが、彼らも含め、お揃いの黄色いマフラーécharpe crèmeを首にかけて進み、大きな四角形のモニュメントを取り囲んだ。

G20首脳たちのガンディー記念碑訪問
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 Les chefs d'État s'immobilisent sur trois côtés du monument, chacun face à une couronne de fleurs blanches dressée sur un trépied. Pendant que Narendra Modi affiche un masque solennel, à quelques pas, le Britannique Rishi Sunak – hindou – bavarde tout sourire avec Joe Biden, avant la minute de silence.
 「首脳たちはモニュメントの三方に陣取り、めいめい台に載せた白い花輪に向って不動の姿勢をとった。ナレンドラ・モディが厳粛な顔つきを崩さぬ一方、二,三歩さきでヒンズー教徒の英国人リシ・スナックがニコニコしながらジョー・バイデンとおしゃべりするうち、黙祷になった」
 この後、記事は le tableau d'une communion surréaliste「シュールレアリスト的な交わりの図」の描写になる。communionはキリスト教の聖体拝領、ひいては信徒たちの共同体を意味する語だが、デリーのガンディーの聖地に集っているのはアメリカをはじめとするウクライナの支持国側と、あくまでもウクライナの内政問題だとするロシア外相であり、どう考えても「一体化」するはずのない敵同士なのだ。そして、サミットを愚弄するかのようにウクライナ政府は発表した。
 …le pays a subi l’attaque des 32 drones russes, dont 25 ont été abattus.
 「我が国はロシアのドローン32機の攻撃を受けたが、うち25機を撃墜した」
 話をモディ首相に戻そう。彼は分断を承知でサミットを設定した以上、この「シュールレアリスト的な交わり」を予想しなかったはずがない。むしろ分かっていたからこそ、先手をうって「合意宣言」を発表し、成功の体裁を整えると同時に、開催国インドの存在を首脳の脳裏に刻みつけようとしたのではなかったか。
 わたしたちはロシアやアメリカの大統領選挙に目を奪われて、視野から外していたのだが、インドの総選挙、つまりモディ支配の将来を決する機会が来春に迫っているのだ。ところが、首相の率いる人民党BJPはこれまで優位を維持してきたのに、昨年末のヒマーチャル・プラデシュ州につづき、5月にはカルナカタ州の地方議会選挙でも野党の国民会議派INCに大敗を喫した。モディ構想の将来に暗い影がさしてきたということらしい。G20サミット議長の狙いは、どうやら、ガンディーの威光を利用して、国際政治での得点を稼ぎ、それが国政にはね返り、総選挙勝利への追い風になることにあったのではないか。素人の臆断にすぎないことを願う。
 


 
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