パリ大好き人間の独り言、きたはらちづこがこの街への想いを語ります。



セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
第45回  顔(その3) 2008.3エッセイ・リストbacknext
 サンジェルマン大通りには、それはそれはたくさんの観光客が訪れる。特にサンジェルマン・デ・プレ教会のあたりの歩道は、いつも人がごちゃごちゃといて、そこにテイクアウトのクレープ屋なども屋台を出すから、歩くのもままならないが、少し横道に逸れると急に静かになる。これもまた、パリらしい風情のように、私は感じている。何だかんだ言ったって、「人口密度」は、さほど高くないのだ。

 何年か前のこと、応接間用の家具を探していた時に、インテリアコーディネータのマダム・アルメラックが連れて来てくれたのが、このあたりだった。
 教会の裏手には室内装飾に関する専門店が多いということ、それから、「美味しいお菓子屋さんも近くにあるゎ」、と教えてくれたので、時々、このあたりにやってくる。通りの喧騒からは全く想像もつかないような、静かな路地や、小さな広場の雰囲気が私は大好きだ。
 ウィンドーショッピングをしながら散歩していたら、ある時、ぽっこりと穴をあけたように、石のアーチがあるのに気づいた。アーチの奥には石畳の中庭が少し見える。そして、小さな三色旗。私の中に、ピン、と来るものがあった。
 「もしかして、サンジェルマンにあると聞いていたドラクロア美術館?」
 吸い込まれるようにして中庭に入り、フランス国旗が掲げられたこれまた小さなドアの前に立った。ドアの上の壁面に、「ドラクロア、1863年8月13日にその人生を終えるまで、この家に住んだ」とあった。偉大な画家が、その晩年の5年間を過ごした大きなアトリエをもつこのアパルトマンが、今では国立ドラクロア美術館となっている。
  展示室に入るところの壁に張られた、ドラクロアゆかりの地を示す大きな地図を見て分かったのだが、生まれ育ったのがフォブール・サンジェルマンであり、一時期、右岸の教会の壁画制作のためにその近くに引っ越したのを除けば、彼はほとんどいつも、この界隈にいる。

 出自は由緒ある家系であり、ジョルジュ・サンドと出会い・・・など、どこかで聞いたようなその経歴を知り、いささかミーハー的に、当時の社交界や文壇、画壇のことを想像してしまったが、もちろん、ドラクロアは肖像画家として、ミュッセと‘悲劇的な別れ’をした直後のサンドと知りあったのである。二人の友情は終生変わらなかったということも知り、ルーブル美術館にあるショパンの肖像画が思い出された。はて、あれは何年ごろの制作だったか・・・
 アトリエの庭のベンチに座り込み、買ったばかりの美術館案内の本を読み始めたら、止まらなくなって困った。
 こうやって、いつも道草をしてしまう・・・

 フランスの社会を牽引してきた文化人の系譜は、サンジェルマン大通りを抜きに語ることはできない。この通りの周辺にはあまたの有名人が住み着き、それぞれに活動を展開してきた。
 近代化する中で、「サロン」といった優雅な邸宅での集まりはだんだん廃れていったが、「気分」が廃れたわけではないようである。ありとあらゆることで侃侃諤諤議論する風潮は残り、20世紀になってからは、カフェがその場所を提供するようになる。フロール、ドゥ・マゴー、リップなどには、芸術家だけでなく、ジャーナリストや実業家、政治家などいろいろなジャンルの人々が集まり、飲んで、食べて、仕事して、議論して、時には喧嘩した。そして、ボリス・ヴィアンのように、サンジェルマン・デ・プレのプリンスと呼ばれるような伝説的奇才も登場した。


 1968年の五月革命以降、社会を動かすような大きなうねりを、文化人が作り出すことはなくなってしまったかもしれないし、実際に21世紀のサンジェルマンが、時代や社会にどんな影響を与えているのかは、全く分からない。賑わっていはいるけれど、単なる観光地の一つになってしまっただけかもしれない。
 でも、一歩中に入れば、質の良い食材を扱うマルシェや伝統的な食料品店があるから、そのためだけでも、この辺りまでやってくる意味がある。それに、画廊や骨董屋の連なる小道や小粋なカフェ、古くからのビストロなどの雰囲気も悪くない。私にとっては、ここはまぎれもなくパリの顔の一つである。
 映画館や劇場、本屋、高級ブティックから、ジャンクのお店、そして学校・・・ソルボンヌやクリュニーを越え、アラブ世界文化センターを東端に据えるこの長い長いサンジェルマン大通りは、確かに、今も文化のるつぼであり、何かを生み出しているに違いない。



裏通り



美術館入り口




アトリエ


 
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