朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
トランプ時代 2025.10エッセイ・リストback|next

エジプトでの「中東和平会議」 ※画像をクリックで拡大
 フィガロ紙(10月10日付)はガザ問題に関連して停戦成立の可能性を報じた。
 Le « deal » sur Gaza, une victoire pour Donald Trump  「ガザに関する<ディール>、ドナルド・トランプにとって勝利」
 libération de tous les otages「人質の全員解放」にしろ、retirement des troupes israéliennes「イスラエル軍の撤退」にしろ、これが恒久的に実現したとすれば、まことに画期的な喜ばしい成果であり、トランプ(以下、敬称抜きで名指す)が「勝利」と自賛するのも無理がない。
 それはそれとして、私がこの見出しに惹かれたのは、カッコつきとはいえ、英語 dealを、文中での英語使用にとかく批判的なフィガロ紙が容認したからだ。念のために、Oxford-HachetteのFrench Dictionaryでdealという項目を見ると、1)(agreement)… 2)(sale)… 3)(special offer)… などにつづき5)(treatement)という分類があり、to get a good/bad ~ =être bien/mal traitéという訳語が添えられている。問題のdealはこれに相当するのだろうが、上記の見出しを見れば、トランプが口癖のように使うこの単語をフランス語に置き替えることは不可能で、筆者Mayeul Aldebertが英語のままにした気持は容易に理解できる。思えば、日本でも「ディール」という形でそのまま通じるようになっている。トランプを支持する、しないにかかわらず、誰もがトランプに囚われ、気が付けばその支配を容認する事態に陥っている事態の象徴ではあるまいか
 私はカルチャー・センターで「フランスの新聞を読む」という毎月1回の講座を担当しているが、顧みると、このところトランプ関連の記事ばかり選んでいたことに気づく。
 1月はLe grand retour des rapports de force「力と力のぶつかり合い政治の大々的な復活」(2024年12月30日付「フィガロ」紙、以下、引用はすべて同紙)。大統領就任を控えたトランプがクリスマス・メッセージの中で、自国がle canal de Panama「パナマ運河」を管理し、Canadaをcinquantième Etat「51番目の州」にすると述べた、それを帝国主義として非難したもの。
 2月はLe fantôme de la communauté européenne de défense 「ヨーロッパ共同防衛の幻想」(2月2日付)。欧州委員会が自らの共同防衛の必要を訴えたものの、加盟国の戦力の検討がないことを指摘したもの。裏には、NATOからの撤退をほのめかしたトランプ発言があることはいうまでもない。
3月はTrump ou la troisième mort de Ronald Reagan 「トランプ、いいかえるとロナルド・レーガンの3度目の死」(2月25日付)トランプがプーチンの意向を汲んで、ウクライナをロシアに委ねる姿勢を表明した時の論評。彼はレーガンの栄光に憧れていると口ではいうが、実は2度殺している。最初は、モスクワとの交渉に成功して世界強調への希望を開いたアメリカ、難民や移民をひろく受け入れる開かれたアメリカを体現していたレーガンの意図に反して、ロシアによるウクライナ併合を容認するのは冷戦時代への逆戻りで、これはレーガン殺しにひとしい。そもそもトランプは共和党をポピュリスト的、保護主義的な政党に変えることで。レーガンを殺していたのだが、それに駄目を押したことになる、という趣旨だ。
 4月はAux Etats-Unis, la grande déprime des démocrats 「アメリカ。民主党のひどい落ちこみ」(3月31日付)。トランプの専横に対する民主党議員たちの沈黙ぶりと、彼らを支持する選挙民たちの不安と怒りをアメリカ特派員が現地取材したもの。
 5月はLa mutation forcée du « Washington Post » et du « Los Angeles Times » sous l’ère Trump 「トランプ体制下で、<ワシントン・ポスト>。<ロサンゼルス・タイムズ>両紙、編成替えを強制される」(4月28日付) たとえば、「ワシントン・ポスト」紙でもっとも人気の高い「オピニオン」欄のles points de vue「さまざまな見解」に、社主Jeff Bedosを介して制限が課せられた、という記事。
6月はドイツ関連の記事を選んだが、迫力に欠ける気がしたので、Pourquoi Barron Trump est-il accusé d’être à l’origine des tensions entre Donald Trump et l’université de Harvard? 「何故バロン・トランプはドナルド・、トランプ=ハーバード大学間の緊張関係の元凶だと目されているのか?」(5月28日付) 事件の発端は息子バロンがハーバード大の受験で落ちたからだとする俗説を退けて、メラニア夫人が息子を弁護した、というもの。
 7月は Après la “guerre des Douze-Jours”, le people iranien se sent abandonné 「<12日戦争>の後、イラン国民は見放されたように感じている」(6月28日付) イランによるイスラエル攻撃で高まった緊張関係にケリをつけたのはトランプによる実力行使だったが、これで停戦が成立した後も、イスラエル軍の脅威は依然としてイラン国民にのしかかっている、というイラン系フランス人記者の記事。対トランプの感情はさぞかし複雑だろう、と思われる。
8月は Nous tenons Bruxelles pour responsable de l’accord avec Trump afin de ne pas avouer nos faiblesses 「トランプとの合意はEU政府の責任だとみなす[意見が強い]のは、自分たちの弱みを明かさぬためだ」(8月2日付) 懲罰関税をめぐるアメリカとの合意は日本でもさのまざまな批判を生んだが、フランスではその不満をヨーロッパ委員会に向ける政治家が多かった。
それは首相の交代や内部分裂をくりかえす自分たちの醜態を認めたくないからだ、として元政府顧問が批判した記事。トランプの独裁政治がフランスの民主主義の弱体化(小党分裂、リーダーシップの欠如)を浮き彫りにした格好だ。

習近平の国連総会演説 ※画像をクリックで拡大
 私としては単調さを避けたい一心で選定したつもりだったのだが、こうして並べてみると、トランプが顔を出さぬ記事はない。次の10月こそはアジアに目を転じようと思った。
 La Chine cajole le Sud pour Trump et distancer l’Inde 「中国、グローバル:サウスのご機嫌をとる。トランプに対抗し、インドを引き離すために」(9月30日付)
 ここにもトランプが出てくるのには呆れるが、口惜しまぎれに、この記事を読んだお蔭でフランス語の知識が増えたことを以下に示して、終わりたい。
 L’annonce permet à l’empire du Milieu de parfaire sa stature de grande puissance au chevet des plus pauvres, face à la capacité du champion de l’Amérique d’abord qui impose à tout va des tariffs douaniers prohibitifs contre des pays e nous-éveloppement 「このアナウンス(国連総会の演説で習近平主席はサウス諸国に対する無関税を一方的に宣言した)のせいで、中国は貧乏国に対し大国であるという体面を保つことができたが、これは何よりまず、後進国に対し滅茶苦茶に懲罰関税を課しているアメリカのチャンピオンとしての力量に対抗したものだった」
 下線の成句、sans limitation「無制限に」、imprudemment「破廉恥に」と説明されている。因みに、インターネット情報によれば、温暖化対策反対論者として知られるトランプの選挙スローガンは Drill, baby, drill!「掘って、掘って、掘りまくるんだ!」だそうだが、その仏訳がForons à- tout-va!になっている。



追記  200回を超える既往のコラムの一部を選んで、紙媒体の冊子を作りました。題して「ア・プロポ――ふらんす語教師のクロニクル」。Amazon, 楽天ブックス三省堂書店(WEB)などオンラインショップで販売中です。
 
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