朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
ノートルダム寺院の再建 2024.4エッセイ・リストback|next

ノートルダム広場での聖金曜日の道行
 3月30日付のフィガロ紙はla cathédrale Notre-Dame de Paris前のparvi「広場」で行われたVendredi saint「聖金曜日」の道行の写真とともに次の見出し記事をかかげた。
 Cinq ans après l’incendie, la cathédrale Notre-Dame de Paris va renouer avec son caractère sacré.
「火災から5年にして、パリのノートルダム寺院は聖性をとり戻そうとしている」
  5年にもなるのにびっくりする一方で、renouerという動詞が気にかかる。というのも、たとえばle Robert Méthodique辞典がnouer (ce qui est dénoué)「(ほどけたものを)結び[束ね]なおす」、抽象的にはrétablir après une interruption「中断のあとで復旧させる、回復させる」と説明しているように、一旦はほどけたり、途絶えたりすることがこの動詞の前提になっているからだ。つまり、この文章を読むかぎり、5年間ノートルダムの「聖性」が失われていた、手っ取り早く言えば、宗教寺院ではなかったことになる。
 そのつもりで目を本文にうつすと、いきなり次の文章に行きあたった。
 Comment Notre-Dame de Paris, joyau architectural de pierre et de verre, va-t-elle retrouver son âme de cathédrale?
 「石とガラスで出来た至宝建築、ノートルダム・ド・パリは、どのようにして、大聖堂本来の魂を回復するのだろうか?」
ノートルダム寺院をことさら一個の文化財として定義した上で、またしてもretrouver =recouvrir (une qualité, un état perdu)「再発見する =(失われた特質・状態を)回復する」という動詞が使われている。すると、「再建工事中」の状態で、多くの観光客の目を惹きつけてきたノートルダムは、いったい何で、そもそも誰の所有に帰するものだったのか?次文がその疑問に答えている。
Comment l’Etat républicain va-t-il remettre les clés de cette maison de Dieu à l’Eglise et aux Français, croyants ou non?
 「共和国は、どのようにして、この神の家の鍵をカトリック教会および信徒・非信徒を問わずフランス国民に委ねるのだろうか?」
 「どのようにして」がくり返されるのは、この記事の主旨が、12月8日に予定されているノートルダム寺院の一般への再公開réouverture au publicについてl’archevêque de Paris「パリ大司教」Me Laurent Ulrichが早々と今年の2月2日に発表したlettre pastorale 「司教教書」の内容紹介にあるからだが、それはともかく、当面、問題にしたいのは、共和国とカトリック教会がノートルダムにどう関わるのか、ということだ。大聖堂再開の祭礼は今年の12月7日から来年のPentecôte「聖霊降臨の大祝日(復活祭後7週目の日曜日)」までなんと6か月も続く、とされているのだが、le sens profond des gestes symboliques「こうした象徴的行動の深い意味」は何か。記事はこの問いに答えつつ、私の疑問をも晴らしてくれている。
 L’Etat propriétaire du lieu « remettra Notre-Dame » à l’Eglise, qui en est l’affectataire depuis le concordat de 1801, confirmé par la loi de 1905. En accord avec le Saint-Siège, cet acte a juridiquement défini la propriété des cathédrales et leur usage après la nationalisation forcée des biens du clergé, le 2 novembre 1789.
 「ノートルダムという場所を所有する共和国は、これをカトリック教会に委ねることになるだろう。カトリック教会は1801年のコンコルダート以来、そして1905年の法律で追認されて以来、ノートルダム寺院の運営を託されてきた。ローマ教皇庁の賛同を得て、この文書は、1789年11月2日に教会財産が強制的に国有化されたあと、各大聖堂の所有権およびその運営法を法律的に定義したのだった」
 「コンコルダート」とは、le Premier consul「第一執政」Napoléonとpape Pie VII 「教皇ピウス7世」との間で結ばれた協約。フランス革命のあと、国民議会が教会財産没収を決議した結果、フランスのカトリック教会は崩壊に瀕し、ローマ教皇庁とは絶縁。この危機を救うため、教会財産の国有化は保持する一方、教会の運営はローマ教皇庁に委ねるという、いわば妥協の産物だった。
 因みに、ルーヴル美術館をかざるLouis Davidの大作Le Sacre de Napoléon 『ナポレオンの戴冠』は、この後、皇帝になったナポレオンがローマ教皇をパリのノートルダムに呼びつけるという離れ業を絵にした。その背景にはコンコルダートの締結があり、ノートルダムの支配権がすでにカトリック教会からフランスに移っていたことを示しているのだ
 1905年の法律の方は、コンコルダートの趣旨を人権宣言寄りにひき戻したものといってよく、l’égalité des tous les citoyens devant la loi, sans distinction de religions 「宗旨に関係なく万民は法の前で平等であること」を謳い、フランス共和国とカトリック教との分離を明文化した。
 被災後の経過をふり返ろう。被災したノートルダム寺院はただの廃墟と化したが、その復旧は所有者の共和国政府の責任だ。政府は国費を投じて復元作業に取り組んだ。そして作業完了を機に、カトリック教会にあらためて建物の管理運用を「委託」する手続き(無理を承知でいえば、大仏の開眼式に相当する)が必要で、それが司教教書が予告した大聖堂再公開の祭礼になるわけだ。
 ancienne directrice du patrimoine au ministère de la Culture「元文化省文化遺産局長」Maryvonne de Saint Pulgenは、自著La Gloire de Notre-Dame :la foi et le pouvoir 『ノートルダムの栄光――信仰と政権』に誇らしげに書いた。

ダヴィッドの「ナポレオンの戴冠」 ※画像をクリックで拡大
  Les travaux de restauration après l’incendie resteront comme l’un des grands chantiers du président. L’Etat aura donc rendu Notre-Dame au culte et à l’Eglise mais aussi aux Français qui se seront approprié, avec beaucoup d’autres dans le monde, cette cathédrale. On pourra la voir, magnifique, dans sa splendeur, comme ses premiers bâtisseurs ne l’ont même pas vue. Elle sera la cathédrale de tous, véritable cathédrale du peuple tant cette aventure aura tenu la France et le monde en haleine.
 「火災後の復元作業は大統領の大工事の一つとして歴史に残るだろう。こんなわけで再公開の暁には、国家はノートルダムを返還したことになる、信徒とカトリック教会ばかりでなく、この大聖堂を我がものと思っているフランス国民や世界中の他の人たちに。皆さんは見ることになる、本来の壮麗さを取戻し、感動的で、工事を手がけた最初の職人たちでさえ見たこともない姿を。それは皆の大聖堂、民衆の大聖堂になるだろう、それほどにも、この一連のアドベンチャーはフランスと世界中をやきもきさせたのだった」
 記事によれば、祭礼にはMacron大統領が登場するのはもちろんだが、François教皇の臨席が期待されるという。そうなれば、ダヴィッドの絵画の場面が再現することになるが、ノートルダム寺院の意味が大きく変わったことを痛感する。問題の祭礼行事は、ノートルダム・ド・パリがもはやカトリック教徒の霊場にとどまらないこと、信仰の如何を問わず、人類全体を巻き込んだ世界文化遺産の聖地になったことを世界に向けて証明することになるのだろう。
 


追記  200回を超える既往のコラムの一部を選んで、紙媒体の冊子を作りました。題して「ア・プロポ――ふらんす語教師のクロニクル」。Amazon, 楽天ブックス三省堂書店(WEB)などオンラインショップで販売中です。
 


 
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